静謐の紅薔薇姫 / The Crimson Rose in Stillness
キャラクタープロフィール:
名はリュミエラ・アルカイン。蒸気仕掛けの都市と古き森が共存する世界アルセリアの、辺境伯家に生まれた公女。幼少の頃、霧深い湖で溺れかけた彼女を救ったのは、湖に棲む水精霊と、その眷属である白いドラゴンだった。そのとき胸元に刻まれた紅薔薇の紋章は、精霊たちと魂を分かち合った証であり、彼女が生きている限り湖の魔力は枯れないと伝えられている。成長した彼女は、学者でもあり外交官でもあり、魔法使いでもあるという希有な存在となり、エルフ、獣人、機械人形オートマタなど多種族の言葉を理解した。表情を世に見せぬのは、精霊との契約ゆえに「真の顔」を他者に悟られてはならないからであり、その気配は穏やかながら、近づく者の心を静かに見抜く。紅のドレスとレースの襟は人の世界の礼装だが、織り込まれた糸には竜の鱗粉と月光草の魔力が宿り、魔物の爪も刃も容易には届かない護りとなっている。やがて諸国を巡り歩いた彼女は、戦場では剣を振るわず、魔法と交渉と歌によって戦乱を止める「沈黙の調停者」として知られるようになった。長き旅路の果て、彼女は己の寿命を湖に返し、その代わりに時を越えて語り継がれる伝承となり、夜ごと精霊と竜が歌うとき、静かに名だけが呼ばれるという。
物語的絵画詩:
首もとに宿る
ひとひらの紅い薔薇は
湖底で失った息の数だけ
微かな鼓動を刻んでいる
顔なき姫は
蝋燭の揺らぐ回廊をすり抜け
エルフの書庫で銀の文字を撫で
獣人の集落で焚き火の鼓動を聴き
錆びたオートマタの胸に
再び時間を灯してゆく
人と竜と精霊のあいだに
境界線を引く者は誰もいない
あるのは
彼女が静かに差し出す手と
受け取るかどうかを選ぶ
各々の影だけ
紅の袖がひるがえるたび
戦場の叫びは
霧のように薄れ
代わりに
古の詩が空を満たす
魔法の光ではなく
ただ
彼女の声だけが
矢をおろし
剣を鞘へと戻していく
やがて歳月は
薔薇の刺に絡まる糸のように
長く長く伸び
誰も
彼女の最期を見た者はいない
けれど湖のほとりで
子どもが眠りにつく夜
水面に映る首筋の白さを
母はそっと指さし
昔語りを始める
姿なき姫は
今も
鏡の裏側で息をひそめ
世界が
再び血に染まるその前に
紅い紋章だけを前に出し
静寂という名の魔法で
明日を塗り替えようとしている