伝説はこうして始まった──
遥か昔。
静かなる世界に浮かぶ「月光の湖」に、ひっそりと妖精たちが暮らしていた。
その中でも、ひときわ小柄な妖精がいた。
名を、リュミナという。
彼女の肌は夜の闇に溶けるように青白く、月光を浴びるたび、水晶のように淡く輝いた。
グリーンの瞳に、深い緑色の髪。
そして頭には、水草の葉で編まれた大きな帽子をかぶり、その帽子には小さな光る水草の飾りが揺れていた。
リュミナたちが暮らす湖底には、深く口を開けた洞窟があり、
「その奥は、遠い海へと続いている」と、昔から語り継がれていた。
そんなある日のこと。
リュミナが、いつものように水草畑の世話をしていると──
ゴゴゴゴゴ……
地鳴りと共に、湖底が割れ、見たこともない巨大な影が現れた。
それは、うねる胴体と鋭い牙を持つ恐ろしい海竜だった。
狂ったように魚たちを飲み込み、妖精たちまでも容赦なく呑み込んでいく。
リュミナは恐怖に震えながら、水草の陰に身を隠し、ただその光景を見つめることしかできなかった。
やがて海竜は、満足したのか、洞窟の奥へと姿を消していった。
村へ戻ったリュミナは、必死に今日の出来事を仲間たちに伝えた。
話し合いの中で、あの海竜が海から来た異邦者であることが明らかになる。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
翌日も、そのまた次の日も、海竜は現れた。
鋭い牙が湖底を引き裂き、うねる体が魚たちを飲み込み、次々と妖精たちをも捕らえていった。
小さな叫び声は水の中でかき消え、湖から生命の気配が急速に失われていった。
賑わっていた村には、悲しみと恐怖が渦巻き、誰もが明日の命さえ保証されない状況に追い込まれた。
「もうすぐ……私たち、みんな食べられちゃう……」
弱々しくつぶやく仲間の声が、リュミナの胸を強く締めつけた。
「このままじゃ、本当にみんな死んじゃう……!」
帽子に飾られた光る水草さえ、今は暗い湖の底でかすかに揺れている。
それでも、リュミナは希望を捨てなかった。
小さな身体で、きゅっと拳を握りしめる。
「私が……何とかしなきゃ。」
彼女は勇気を振り絞り、水草畑に身を潜めながら海竜の行動を観察し始めた。
数日が経った頃、海竜は満腹になったのか、水草畑のそばで大きな身体を横たえ、眠り始めた。
そのとき──
リュミナの耳に、かすかな「助けて」という声が届く。
「まさか……!」
彼女は震える心を抑えながら、眠る海竜の巨大な口の中へと飛び込んだ。
暗く湿った喉奥を抜けると、そこは広大な胃の中。
リュミナが目にしたのは、消化を免れ、必死に生き延びている仲間たちの姿だった。
歓喜と涙の再会。
話を聞けば、妖精たちは水草の魔法で守られなんとか生き延びていたという。
だが、海竜が絶え間なく食べ続けるため、外に出る隙がなかったのだった。
さらに妖精たちは語った。
「この海竜の中には、巨大な白い虫がいるんだ!
それが竜を狂わせてるんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、リュミナの胸にあるひらめきが落ちた。
──そうだ、私の育てた、世界一まずい虫下しの薬草なら……!
かつて、お腹の虫に苦しむ魚を救ったことがあった。
あの薬草を使えば、きっと寄生虫を追い出せる!
リュミナと仲間たちは、眠る海竜の胃の中に、せっせと薬草を運び込んだ。
しばらくして、海竜がもがき始める。
「ギャアアアアアアアッ!!」
凄まじい声を上げ、のたうちまわった末、海竜は真っ白な巨大な寄生虫を吐き出した。
寄生虫は、薬草の毒にやられ、湖の水に溶けるように消えていった。
寄生虫を失った海竜は急激におとなしくなり、遠い海へと姿を消した。
こうして──
湖に、再び静かな平和が訪れたのであった。
夜、湖底に集まった妖精たちは水草畑でリュミナを囲み、祝福の歌を歌った。
「リュミナ、ありがとう!」
仲間たちに囲まれ、リュミナは恥ずかしそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
──小さな妖精の、大きな勇気。
こうして、一つの伝説が刻まれた。
詩:
月光の湖に咲きし声 青き翼は夢を紡ぐ
闇を裂きて流るる勇気 水底に灯り芽吹く命
小さき指で掬う希望 泡の祈りは空へ昇る
竜の喉に宿る決意 涙は星へと還りぬ
沈む世界に音が生まれ 静寂は歌へと変わりゆく
リュミナよ輝け 湖の心に永遠を描け
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