リリアン・エヴァレットは、古き館〈エヴァレット荘〉に生きる最後の令嬢。
若き士官アリステアと密かに婚約していたが、彼は戦地から帰らぬままとなった。
アリステアの消息が絶えて3年、彼女は毎夜、夢の中で彼の声を聞く。
「帰るよ」と囁くその声に導かれ、彼女は次第に現実と幻想の狭間を彷徨うようになる。
彼が贈った一輪の薔薇は、月日と共に色を褪せ、乾いた花弁となりながらも、彼女の手の中で静かに想いを守り続けていたのだった...
***
朽ちゆく薔薇に
真夜中過ぎ、椅子にもたれて
灯りも消えた部屋に、私ひとり。
今日もまた見つめている、あの花を。
あなたがくれた、遠い日の薔薇。
赤い色は褪せて、花びらはもう脆い。
指で触れたら、すぐにでも崩れてしまいそう。
だけど、この枯れていく姿にこそ、
あなたの温もりがまだ残っているの。
時々、窓ガラスを夜風が叩いて
カーテンがふわりと揺れるたび、
私はそっと耳を澄ませる。
いつかのあなたの「ただいま」って声を。
今夜は、風がやけに冷たい。
カーテンは、深く、静かに揺れた。
「リリアン」と、名前を呼ばれた気がして、
私は、はっと顔を上げた。
そこにいた。暗闇の奥。
あなたが立っていた。
時を超えて、命さえも超えて、
あの薔薇みたいに、壊れそうな姿で。
涙が頬を伝って落ちる。
でも、声は震えなかった。
「おかえりなさい、アリステア」
そう言った瞬間、薔薇は音もなく崩れた。
***
SOLD OUT